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牧師だより ─ No. 304(『反戦情報』より)

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〜〜〜前号の続き

●「神道指令」による靖国神社等への訪問禁止

 敗戦当時には、軍国主義・天皇崇敬体制を浸透させたこれらの宗教施設の解体論もあったが、結局「象徴」の語を付けた天皇制と共に存続することとなった。いわば新たな主権者への将来の課題とされた訳である。

 しかし他方で、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は1945年12月15日に「国家神道、神社神道に対する政府の保証、支援、保全、監督並に弘布の廃止に関する件」(所謂「神道指令」)を発出し、「宗教を国家拠り分離」し「軍国主義的乃至過激なる国家主義的「イデオロギー」の宣伝、弘布」(二(イ))を予防しようとした。同時に指令は、指令に対する「諸措置を詳細に記述」し報告する義務を帝国政府に課した。勿論その集約として憲法19条、20条、89条がある訳であるが、政府は具体的施策を講じる必要があり、その一つが1948年7月9日付文部省教科書局長通達「学習指導要領社会科編取扱について」であろう。局長通達は「国立または公立学校が主催して神社、仏閣、教会を訪問することは、右の指令に違反するから禁止される。」とし、継続する軍国主義・天皇崇敬体制を教育に持ち込むことはその再生のきっかけになると判断した訳である。さらに政府は「社会科教育のみならず、ひろく初等および中等教育における宗教に関する事項について研究協議しました結果」として、1949年10月25日付文部事務次官通達「社会科その他、初等および中等教育における宗教の取扱いについて」を発出した。僅か一年程で再度通達が出された理由は不明であるが、両者を比べると後者は、社会科の限定を外し、訪問が禁じられる場合を「礼拝や宗教的儀式、祭典に参加する目的」に限定している。次官通達はこうも記している。「国宝や文化財を研究したり、あるいはその他の文化上の目的をもって(中略)訪問することは、次の条件の下では許される。」しかしその条件には「学校が主催して、靖国神社、護国神社(以前に護国神社あるいは招魂社であったものを含む。)、および主として戦没者を祭った神社を訪問してはならない。」(通達二(イ))としている。

〜〜〜次号に続く

 
 
 

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