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牧師だより ─ No. 279

 6/27㊍昼過ぎ。ある県議会議員からの電話。曰く、その日の午前の議会で、ある議員が県教育長に、護国神社を学校教育に取り入れることを検討するように要請(質問)し、教育長も前向きに答弁したと。同日夜、同議員からE-mailで議事の速記録が送られてきた。そもそも、よく分からない電話ではなくメールでよいのに電話をしてきたのは、当人なりに重大と思ったということであろう。確かに事態はそうである。

 しかし、メールを見て更に驚いた。質問した議員は、その要請の根拠として、文部科学省の見解を上げているのだ。こうある。「文部科学省は、護国神社を含む戦没者追悼施設への訪問をしてもよいとしており、実際に護国神社を教育現場で活用している都道府県はいくつかある。」

 早速ネットで検索してみると、2008年の衆議院でのことだ。福田康夫首相の時、自民党の議員による質問に対する文科省の答弁である。質問の主旨はこうである。「1948年の教科書局長通達で、公立小中学校が主催しての靖国神社、護国神社訪問を禁止し、1949年文部次官通達に引き継がれたが、これは1952年サンフランシスコ講和条約により失効しているとみなしてよいか。失効しているとしたら、靖国神社、護国神社に公立小中学校が行ってもよいか」。これに対して文科省は「靖国神社、護国神社を他宗教施設と区別する理由はなく、失効しているとみなしてよいし、行ってもよい」と答弁している。しかし真実は、靖国神社、護国神社は、「英霊」という言葉が表しているとおり、聖戦史観を土台としており、その歴史観は先の侵略戦争への反省に立脚した憲法の精神に反している。更に問題なのは次のやりとりである。質問「文部次官通達の法的根拠は何か」。答弁「文部省が研究協議を行い、その結論を踏まえたもの」。すなわち、法的根拠はないというわけである。しかし真実は、通達の根拠は当然、憲法19条であり20条であり、そして13条である。

 16年前のことである。当時、日本会議はしっかりこの答弁をキャッチして次に繋げようとしていることも分かった。が、その一方で、この時点で通り過ぎてきたコチラ側。うかつだったというしかない。

 言葉の劣化が、滴る水のごとく、やがては奔流となり、いつか怒涛となる(1963年。米国最高裁判決)ということを例証しているように思えた。だがまだ、怒涛にはなっていない。今ならば、まだ遡って言葉の検証と回復が可能かもしれない。だから、件の議員にも促しはしたが、多分に当てにならないので、6/28㊎自分で文科省に情報公開請求を掛けた//

 
 
 

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